てんさいのwikipedia(家族・幼少期編)

自分の経歴やルーツを他人に教えたりするのが好きじゃない。
よくそう言って自らのことを話さない人がいる。
けど、僕はそういう類の人とは対照的にかなり自分の話、それが過去でも未来でも話すのが好きだ。
他人に自分をさらけ出せない人は、他人側からしても自分をさらけだしてはくれないということだ。

だから、僕は不特定多数の人達。
それは何人いるかは解らないが、僕のルーツについて触れていただけたらと思う。



てんさいは生まれも育ちも関西である。
ごく普通の両親の元で育ったが、教育方針はしっかりしており、自分の好きなことしかやらせなかった。
故に、勉強など強制的にやれと言われたことは1回もなかった。
大学を受けると言っても、会社を辞めると言っても、母に関しては「ふ〜ん」の一言で済まされる。
いい意味で僕に無関心であった。

そして、3年後には妹が生まれた。
妹が赤子の頃はよく自分から面倒を見ていたが、歳を重ねるにつれ、関係は悪化。
よく、お兄ちゃんや妹とは物凄く仲がいい、と言う人がいるが、凄いなあと思う。
確かに妹が浜辺美波くらい顔が整っていて、性格も良ければそれはそれは、今という今まで、愛でていたに違いない。
まぁそうすると、僕は僕じゃなくなってると思うので、これ以上はとやかくは言わない。

その10年後には祖父がこちらに越してきた。
それとほぼ同時に犬まで飼い始めた。
祖父はそれからというもの、毎日3回以上は散歩に行っている。
犬種がトイ・プードルだというのに、だ。
おかげで今では筋肉が発達しすぎて、全然痩せられなくなっていた。
ずっと同伴している祖父のお腹は引っ込まないのに。
理不尽な世の中だなと思った。
ちなみに犬の体重は人間で言うところのマツコ・デラックスくらいだそうだ。
それの筋肉ガチガチなんだから怖いったらない。


そんな家族の下で育ち、もうすぐ成人を迎える僕だが、産まれた数分間は死にかけていた。
死にかけた、と言えば大袈裟なのかもしれないが、産声が出なかった。
産声が出ないと、赤ちゃんは最悪死んでしまうらしい。
すると、助産師さんは僕の尻を数分間叩き続けたらしい。
まさか、生まれて間もない僕はお尻を数分間叩かれると思っていなかっただろう。
その驚きで、数分間遅れて、初めて産声を上げた。
その話を聞かされた僕は、叩かれたであろう尻をそっと上から下へ撫でていた。


1歳の頃だった。
僕はふざけてテーブルに立って遊んでいた。
母は止めたらしいが、何度も何度も繰り返した僕は、あろうことか、頭から落っこちた。
挙句の果てに、僕の頭から大量の血が出血した。
母は泣きながらタオルで出血した箇所を抑えた。
救急車に搬送してもらおう。
そう思ったのも束の間、その当日、日曜日だったので病院も空いてない。
さぁどうしようか……

そのあとの話は僕はわからない。
いい所でわからんのかよと思われそうだから、後日母に聞いておくことにする。

ちなみにその出血した箇所だけは、髪が生えていない。
そこの所だけを切り取ると、僕は既にハゲらしい。
これから先も髪がフサフサのまま歳を重ねたいと思う。


てんさいでした。